2006年12月報より
「彼らはその星を見て非常な喜びに溢れた。」マタイによる福音書2章10節
今年も主イエスのご降誕をお祝いするクリスマスの日を待ち望むアドベントの季節になりました。町は華やかな飾りで彩られ、サンタさんからのプレゼントに心が弾みます。とても素敵な季節です。でも最初のクリスマス、2000年前イエスがお生まれになった頃は戦乱の世であり、イエスご自身も馬小屋の中でお生まれになるという貧しい、またさびしい姿でお生まれになりました。でもそのことこそ逆説的にもっとも素晴らしいことなのです。貧しい姿でお生まれになったからこそ、羊飼いに象徴される当時社会的に阻害されていた人たち、苦しい思いを抱えていた人たちがそのお誕生に招かれたのです。イエスは生まれたときより、そのような低くされた人々と共感の中に歩むお方として来られたのです。私たちの生きる現実にも苦しみもあれば、痛みも深くあります。その現実の問題の只中に希望の光としてイエスはこの地上に来られたのです。教会では幼稚園やトモダチタイムの子どもたちによって、降誕劇が行われますし、クリスマスイブの夜にはキャンドルライトサービス、そしてもちろん毎週の礼拝でクリスマスを待ち望む喜びを皆さんと分かち合おうとしています。ぜひ教会の各アドベント、クリスマス行事にご参加くださり、共に主イエスという希望を心に迎えませんか。クリスマスが皆さんにとって素晴らしいときとなりますよう、お祈りいたしております。
2006年11月報より
「ぶどう園の労働者のたとえ」
学生時代を思い出しますと今日は塾講師、明日は割烹、夜中はデパートに商品の搬入作業と色々なアルバイトに明け暮れていたものです。(あの頃もっと勉強しておくべきであったとつくづく思わされています、とほほ。。。日雇いの仕事もしましたがそういう日給制のアルバイトに必ずいる人が、集合時間に遅れてくる人でした。しかし業者側も急ぎの仕事が多いため、何もとがめることもなく彼らを迎え入れます。そして遅れてきたのに、賃金は同じだけ貰っている場合が多かったのです。それを見てはじめからまじめに働いている私たちは「なんでや〜!! 」と憤りを感じたものです。マタイによる福音書20章の「ぶどう園の労働者のたとえ」は朝早くから1デナリオン(一日の平均的賃金)の約束でぶどう園で働いた人たちが、遅れて正午から、また午後3時、午後5時から働いた人たちも同じ1デナリオンの賃金が支払われていることを見て憤ったというお話です。少し遅れてくるとは次元の違う話で憤るのは当たり前のことでしょう。すると雇い人は『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』(マタイによる福音書 20章 13-15節)と言ったのです。朝から働いた人たちはビックリしたことでしょう。この言葉のポイントは最後の「ねたみ」という言葉です。新約聖書パウロの手紙には「喜ぶ者と共に喜び、悲しむ者と共に悲しみなさい」(ローマの信徒への手紙12章15節)という言葉があります。すなわち人の悲しみに寄り添うことは悲しむものを勇気付けます。また喜びを共有できることは、なんと嬉しいことでしょうか。しかし仮にこの2つに「難易度」があったとするならば、私たちにとっては「喜ぶ者と共に喜ぶ」ことの方が難しい場合が多いのではないでしょうか。「喜ぶ者」は多くの場合、幸福に満ちていて、自分より「上の状態」にある人々です。ですから喜ぶ者と共に喜ぼうとする思いに「いいな〜」という思い、すなわち「ねたみ」が入り込んできて妨害してしまうことが結構あるんですよね。自分にも祝福のおこぼれがまわってくるとき以外は、自分より幸福そうな人をうらやむ思い、ぶどう園に最初に来た労働者の心はそういう思いでいっぱいであったでしょう。勿論ズルはいけません。しかし色んな事情の中で5時にしか来れなかった人が自分と同じように扱われたら、普通は「ねたみ」ますよね。でもその「ねたみ」から解放されること、「喜ぶものと共に喜ぶ」ことが、私たちの思い煩いや重荷を解き放つであろうことをイエス様は教えてくださったのです。
2006年10月報より
「力強い弱さ」
「大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに、謙遜を学ぶように弱い者とされた。より偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよいことができるようにと病気を戴いた。幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧しさを授かった。世の中の人々の称賛を得ようとして成功を求めたのに、神を求め続けるようにと弱さを授かった。人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるようにと命を授かった。求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた。神の意に添わぬものであるにも拘わらず、心の中の言い表わせない祈りはすべて叶えられた。私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ。」(南北戦争で傷ついた兵士が病院の壁に削り記した詩。)
礼拝の説教にて何度かこの詩を用いました。一節一節に人生の最期、苦悩の中にある人の噛み締める思いが詰め込まれていると言えるでしょう。この詩は、私たちに苦悩の中にある神様からの「祝福」を語っていまするものだと思います。「祝福」教会ではよく用いる言葉ですが、「祝福されること」に対してクリアなイメージをどれほど私たちは持ち合わせているでしょうか。イエス様は律法主義の中で罪人の烙印を押された人が祝福される「神の国」思想を展開されました(ルカ六:二十以下)。「神の国」では、祝福される(その人たちの命が輝く)のです。「命が輝く...」私のある友人は就職するとすぐに結婚され、二人の子どもを授かりました。家庭に仕事のことで心労がかさなったせいか二人目の赤ちゃんは早産となり、生まれてきた時赤ちゃんは600gでした。お医者さんからは「このまま大きくなれる可能性は少ない。」と言われました。でもどんな苦難があろうとも元気に育ってほしい、そう願って元気な名前をつけました。しかし家庭も不安定な状態が続き、そして生まれてきた赤ちゃんは保育器で生きるか死ぬか。彼女は一時自ら命絶つことも考えました。でも彼女は言いました。「目も見えなくて、耳も聴こえないはずなのに、保育器越しに会いに行くと本当に小さな手をギュッとグーにして迎えてくれるんよ。『お母さん、一生懸命ボク生きてるよ。』って教えてくれるんよ。生きる力をくれるんよ。」赤ちゃんは保育器を卒業し、今は元気に成長しています。この小さな命はこれからも困難の中にあるかも知れません。でも輝いています。そしてその輝きは周りをも輝かせています。上段の詩で彼が「祝福されたのだ。」には絶望の中にあって、しかし生命の輝きが生き生きと語られています。「私は弱いときにこそ強いのです。」
(コリント?十二:一〇)
2006年9月報より
「イエスに従う道」
今月から柔道の稽古にまた通い始めました。準備運動で目が回っている私の今の状態に情けないやら、悲しいやらですが、何でも日ごろの鍛錬が大切であることを身にしみております。日本の武道または書道、華道、茶道といった芸術には「道」という漢字がついています。一本の道を一歩ずつ歩いていくがごとく、毎日毎日こつこつと積み上げていくことによって、「道」はその先につながっているのです。
イエスはその「イエス道」とも言える歩みを「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」(マルコ福音書9章)と語られました。この聖書の箇所は「イエスの小さな言葉集」と呼ばれている中に書かれています。時はイエスがこれからエルサレムに入り、十字架の受難の道を歩もうとされている、すなわちイエスと弟子たちが共にいる時間があと少しになっている時、イエスは弟子たちに「イエスに従う道」を諭されたのでした。この時代、子ども時代は恐怖のときでありました。多くの子どもたちが病気、飢餓、戦争で命を奪われていました。社会の現実の中で一番小さく傷つきやすい存在が子どもであったのです。イエスに従う道とは大きな力や名声を求めることではなく、小さな存在、傷ついた存在を受け入れ、泣くときに共に泣き、笑うときには共に大笑いするような歩みであると言うのです。なぜなら小さなものを受け入れることが、受難と死というこの世的には小さくされ傷ついた癒し人であるイエスを受け入れ、それに従う道であるからです。そしてあなたが小さくされたときには、イエスが共にいてくださる、そのイエスの宣言でもあるのです。イエスが小さくされた者と共に歩まれた、そして今もその歩みがあなたの傍らにあることを覚えてくだされば幸いです。
2006年8月報より
「立ち止まらされた時が大切」
先日、PBS9チャンネルの「KOUKO YAKYU -JAPANESE HIGH SCHOOL BASEBALL」という特集番組を観ました。「日本の夏!」といえば「甲子園と麦茶!」という方は私だけではないでしょう!
私としてはドロだらけになりながらも、またコーチに「お前のそのエラーでチームが負けるんやぞ〜!」と怒鳴られながらも、その苦しみの向こうにある勝利を目指して練習する姿に、学生時代を思い出し、号泣でした。
この番組は、日本の高校野球を取り上げつつ、そこから「日本文化」の精神性を明らかにしようと試みたものでした。なぜ、この21世紀になっても「丸刈り」「根性」の世界の高校野球が人気を集めるのか、その疑問の答えは沢山あると思いますが、一つの要因として取り上げていたことは、日本の精神性の中にある「敗者の美学」でありました。甲子園の試合終了後には、勝利チームの喜びに満ちた校歌斉唱と、負けたチームの、グランドの土を涙で濡らしながら、シューズ袋につめていくあの光景を必ずテレビでは放映されます。日本人はその努力しても、負けてここから去っていく姿に「美徳」を見ているからこそ、今も甲子園は「日本の夏」であり続けると分析していました。彼らは敗退後、受験に就職にそれぞれの道に進みます。流される涙は、敗戦の悔しさもありますが、今までチームが心をひとつにしてきた選手たちにとって、今まで目標としてきたものを失い、自分を支えてきたものを失い、自分のチームがなくなる寂しさの涙であるのです。
私たちも状況は違っても何かを失い、歩カーンと立ち止まらされることが多々あります。イエス様はこう語られました。「花がどのように育つか注意して見なさい。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾っていなかった。」(マタイによる福音書6章28節以下)私にとっては何度も読んだことのあるこの箇所、でもふと考えると、野の花を見るには立ち止まらないと見れないんです。いつも目標に向かってつき進んでいた時には見えなかった野の花、目標を失ったり、悲しみや苦しみで立ち止まらされたりした時に、「あっ!こんなところに花がさいていた!」と気づいたとき、こんな小さな花にも神様は太陽の光、水、土を与え育んでくださる、同じく私をも神はいつも生きる糧、道を与えてくださっていることに気づかされるのです。立ち止まったとき、立ち止まらされたとき、それは無駄ではなく、かえって大切なことに気づかされる一番大切な時だと思うのです。(7月日語部礼拝より)
2006年7月報より
「こだまでしょうか? いいえ、だれでも」
常々私は「大阪生まれ、大阪育ち」と言っておりますが、厳密に言いますと幼稚園、小学校低学年と島根県益田市という山陰地方の海も山も美しい町で育ちました。そこではよく山の神社に友達と登っては探検をしたり、また向こうの山に向かって「やっほー」とこだまをしたものです。近くの山にこだまをすれば、ただ音が響いているだけのように、すぐに返ってきますが、遠くの山にこだまをすれば「やっほー」「ヤッホー」と掛け合いのように返ってきたものです。自分の言ったことが、勿論必ずそのまま返ってくるわけです。童話作家の金子みすずさんは、そんなこだまを題材に一つの詩を書いています。
「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。 「ばか」っていうと 「ばか」っていう。
「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。 そうして、あとでさみしくなって、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 こだまでしょうか、いいえ、だれでも。
彼女は1903年に山口県仙崎に生まれ、20歳の頃に下関に移り住み、その頃から童話を描き始め、人生の苦闘の末に26歳で召された人です。この詩に解説は何も必要ありません。ただこの詩が私たちに伝えていることは、イエス様がおっしゃった「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」(マタイ福音書7章12節)に重なるものでしょう。この聖書の箇所は「黄金律」とよく呼ばれます。「黄金律」とは「《golden rule》内容が深遠で、人生にとってこの上なく有益な教訓」(大辞林)です。これとよく似た教えは、世界中に沢山あります。ことわざにも「己の欲せざることを人に施すなかれ」というのがあります。つまり、自分が人からしてほしくないことは人にしてはいけない、という教えです。実は、多少言葉は違っても、このような教えは世界中で道徳訓として大切にされてきました。そして、このような教えを総称して、ある人は「銀の教訓」と名付けたのです。
イエスの「黄金律」と「銀の教訓」。どちらも大切なことですが、しかし少し違いがあります。さて、その違いは?答えは「銀の教訓」は、「自分が人からしてほしくないことをしない」という、やや消極的な態度であるのに対して、「黄金律」は、「自分が人からしてほしいと思うことを先にしよう」という積極的な態度です。「銀の教訓」が私たちの毎日を豊かにすることは確かなことです。しかしそこから更に一歩踏み込んで、「黄金律」に生きられたのが、イエスという人でありました。イエスはそのような歩みこそが、人としての最大の歩みであり、そして「求めなさい、そうすれば与えられる?中略?だれがパンを欲しがる自分の子どもに石を与えるだろうか」(マタイ福音書7章7-9節)とあるように、神様とは「黄金律」で私たちに関わろうとしてくださる方教えているのです。このマイナスの世界にあって、プラスに私たちに語りかけてくださる主を近くに感じ、私たちを動かす神の風に吹かれて、私もプラスに歩めたらと思う今日この頃です。
2006年6月報より
「母の日」にさいして
ある日、牧師館から外出しようといたしました時、ふと裏の庭を見てみますと、藪の中に小さな鹿、バンビが横たわっているのです。鹿はいつも歯出会っても、とっとこ逃げていくのです。しかもバンビとなれば、それはなおさら警戒して逃げていくような気がするのですが、「バンビちゃん!!」と声をかけてもぴくりとも動きません。近くまで寄ってみましたが、ぴくりとも動かない。でも息もしているし、目も開いているのです。
弱っているのか、それとも死んだふりなのか、私では判断できませんでしたので、カウンティーの動物保護局に電話してみますと、「夜になったらお母さんが迎えに来るでしょう。それまで待ってみてね。」とのこと。夕方になると、50メートルほど離れたところに、確かに母さん鹿が来ていました。しかし私の気配を警戒してか、牧師館の庭には入ってきません。遠くのほうでじっと小鹿のほうを見つめています。もうそろそろ、寝ようかと思うような時間になったころ、もう一度小鹿を見てみますと、まだぴくりとも動いていません。とりあえずバスタオルで包んで、牛乳をやりましたが、やはり動かず。ふと見れば母さん鹿は牧師館の庭の端っこまでには入ってきておりました。やはり警戒しているんだなと思い、少しほっておきましたら、いつの間にか、2匹の姿はありませんでした。バスタオルだけが藪の中にあり、まるで墓からよみがえったような感じで、大喜びをいたしました。
次の日、おきて、庭を見回して見ても、その鹿はいませんでした。2匹で元気にどっかにいたんだな〜と喜んでいました。そして僕が教会にこようとして、牧師館の玄関を開けると、なんとその玄関にあの小鹿が眠っていたのです。思わず、びっくりしましたが、その夜にも親子で牧師館の裏庭に来てくれていましたので、ほっとしたものです。母さん鹿の後を、てくてく歩く小鹿、その二匹の姿を見ていて、母の子に対する愛、そしてその母に全幅の信頼を置いている子の姿にただただ感動の極みです。
この親子のように、すべての生き物にお母さんがいます。そこには母の笑顔があり、そして子の笑顔があります。母の涙があり、その涙を見つめる子の眼差しがあります。この地上には、美しいものがたくさんあります。大自然もそうです、かわいい動物たちも、その動物たちの心もそうです。私たちにも色々な美しい関係、感情があります。母と子、兄弟、友情、そのすべてに美しさを見ます。それ自体美しく、私たちの心を打つものですが、聖書はその背後に神の存在を見ます。「野の花を見よ、空の鳥を見よ」この有名なイエス様の言葉は以下のように続いています。こんな小さい花にも、あの栄華を極めたソロモンよりも素晴らしい装いをしていうる。「どんなに優雅な宮殿よりもこの小さな花に、神様は美しい装いを与えている」とイエス様は語るのです。聖書は私たちに、「あの花は素晴らしいなあ〜、この母と子の間にある愛は素晴らしいな〜!」と思うことと同時に、その背後にその花にいのちを与え、可愛い装いを与えてくださっている神の存在、その母と子にいのちを与え、そしてその人と人の間に聖霊を与え、その関係を豊かな感情で包んでいること、すべての美しいことは背後に神の恵みがあることを私たちに語り伝えています。お母さんありがとう!神様ありがとう!を沢山言える日でありますように。(母の日礼拝より)
2006年5月報より
イエスが共にいてくださる!!
ルカによる福音書 / 24章 30節-32節
一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。シカモア組合教会日語部では、シニアの昼食会を毎週一回持っております。日頃英語という環境の中で生活する、日本人のおじいちゃん、おばあちゃんが共に昼食を囲み、日本語でわいわいお話しする時です。食後は会話を楽しんだり時代劇や歌謡ショーのビデオ鑑賞や、マージャンをしたりと、交わりの時を持っています。その会の中でよく話題に上るのが、いつも一番参加者のお心のうちにある事柄、それは天国のこと、死のこと、また既に召されたお連れ合いのことです。先日も天上のお連れ合いのお話になったのですが、ある方が「たまに今も会いに来るよ」というお話をしてくださいました。すると続いて何人もの方がそれと同じようなお話をしてくださったのです。「寝室に来たくれたよ」「飛行機に乗っているときに隣の席に座ってくれたよ」と。それが物理的に、本当に来たの?と思われるかも知れませんが、そんな次元のお話ではありません。おじいちゃん、おばあちゃんが、「私のところに来てくれた!」という、お一人お一人の事実が、それぞれの人にとってどれほど懐かしいもので、どれほどの慰めの時であったかを、思わされたものです。そのお話を聞きながら、ふっとイエス様の復活の記事を思い出しました。エマオへの道を、弟子たちはイエスが十字架上で息を引き取られ、しかも自分たちはその最後に裏切ってしまった。その思いの中で、とぼとぼと歩いていた彼らにイエスがお声をかけられ、また生前と同じようにパンを裂いて分けてくださり、彼らの心は熱く燃えていたという有名な箇所、弟子たちはその出来事によって、イエス様は物理的にはもう存在しなくても、今も私たちと共におられるという事実に触れました。どれほどの慰めを与えられ、勇気付けられたことでしょうか。「そりゃ、心燃えて走ってエルサレムに帰るわ!」と改めて弟子たちの喜びを、昼食会での話題から実感させられたものです。
(基督教世界2006年3月号 3660号より 基督教世界社発行)
2006年4月報より
「荒野を行くとき」
「大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに、謙遜を学ぶように弱い者とされた。より偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよいことができるようにと病気を戴いた。幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるようにと貧しさを授かった。世の中の人々の称賛を得ようとして成功を求めたのに、神を求め続けるようにと弱さを授かった。人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるようにと命を授かった。求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた。神の意に添わぬものであるにも拘わらず、心の中の言い表わせない祈りはすべて叶えられた。私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ。」(南北戦争で傷ついた兵士が病院の壁に削り記した詩。)
「誰が野生のろばに自由を与え野ろばを解き放ってやったのか。その住みかとして荒れ地を与えねぐらとして不毛の地を与えたのはわたしだ。」(ヨブ記39章)
キリスト教の三大祝日であるイースターの祝いの日から数えて46日前の水曜日からレントと呼ばれるキリストの受難を偲ぶ季節に入りました。キリスト教会の生活の中で、日曜日は安息日は喜びの日であるために、このレントの期間に含まれる6回の日曜日は計算に入れないで、40日がレントという季節として数えられます。レントは「ゆっくり進む」という意味です。季節がゆっくり暖かな春に向かって進むという意味です。今私たちはイースターという春に向かって芽を出す準備はもう出来ている種のようにじっくり力をためているときでしょうか。このレントのはじめによく読まれる聖書の箇所が、イエスが40日間荒野で過ごされ、サタンから誘惑を受けるという箇所です。イエスは荒野に身を置き、自分自身の中にある人間として当たり前に持ち合わせている誘惑と戦われました。旧約聖書のヨブ記では、神が語ることとして、ロバに不毛の地である荒野を生活の場として与えたのは、神自身である。しかしその荒野にいるロバは「町の雑踏を笑い」、楽しそうな町を笑うとあるのです。一人ぼっちで餌と水をただ求めて歩き回らないといけないロバがなぜ町の雑踏を笑えるのだろうか?と思うのです。それは荒野にいるロバが町にはなかった出会いをしているからに違いありません。私たちにとっての「荒野」とは何でしょうか。荒野とは、非常に厳しい環境です。私たちは正に荒野にいるかのように、苦しみ、悲しみに打ちひしがれている時に神に出会うことがあります。私たちが荒野を歩むとき、私たちに先立って受難という荒野を歩まれたイエスが、共に歩き、重荷を負ってくださっていること覚えるものです。
2006年3月報より
「主の栄光の道」
「六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られ た。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさら し職人の腕も及ばぬほど白くなった。 エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたし の愛する子。これに聞け。」弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見 えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけな い」と弟子たちに命じられた。」マルコによる福音書9章
トリノオリンピックで、荒川静香選手が日本人初のフィギアスケート金メダルに輝きました。あまりこれまで僕はフィギアスケートとかには興味を持っていなかったのですが、今回はテレビに釘付けになりました。いや〜荒川選手は勿論ですが、どの種目もどの選手も見ていて感動を与えられます。オリンピックは商業主義だ、ナショナリズムだと色々と問題は勿論あるかもしれませんが、まあそれはそれとして一生懸命の人を見るのはやはり色々と教えられるところがあるものです。荒川選手は引退すら考えた中で、今回栄光を手にしました。「栄光」という言葉を辞書で引くと、「輝かしい誉・名誉」または「幸いを表す光」と代表的な意味として2つ挙げられています。この2つの意味の違いは、その栄光を見る立場に由来してはいないでしょうか。自分が栄光を手にした人は、それまで苦難を乗り越え、自分の弱さに打ち勝って、今それを手中に収めています。しかし栄光を仰ぎ見るほうからすれば、その栄光によって喜びが与えられたり、感動したりするのです。イエスご自身にとって栄光までの道のりは、やはり辛く厳しい道のりでありました。イエスはマルコによる福音書9章2節以下で3人の弟子たちだけを連れて、高い山に登られました。その時、イエスの服は真っ白に輝き、旧約の代表的な人物であるエリヤとモーセと共に語り合ったというのです。「二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。ペトロと仲間は、ひどく眠かったが、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。」(ルカ / 9章 31 -32節) イエスはこの出来事を通して、エルサレムへ赴くこと決意されます。しかしその道は十字架へと続く苦難の道です。しかしその十字架での死と復活が、イエスの栄光だと聖書は語っているのです。「え?それのどこが栄光なの?」そんな声が聞こえてきそうですが、人の子としてこの地上に来られた神・イエスが、人として苦しみを受けられた、そのことによって神はどっか遠いところにいる存在から人の叫びに寄り添われる方であることを示されたのです。それが主の、主にとっての栄光であり、人はその寄り添って共に歩んでくださる神の栄光を仰ぎ見て歩むことがゆるされ たのです。「上を向いて歩こう〜♪」ってとこです!
2006年2月報より
旅人の集まり
1 月のぶどうの会では「葉っぱのフレディ」という絵本を紹介いたしました。木の枝に春生まれた1枚の葉っぱフレディの四季の姿、人生の旅路を通して「生きるとは何か」「死とは何か」を私たちに語りかけてくれる絵本です。教会の図書に入れておきましたので、ぜひご覧になってください。フレディはその人生を旅し、冬になると地面におちて、ふかふかの雪の上で永遠の眠りに入りました。でも春になる前に、彼はその雪解け水に溶けて、自分の育った木を生かす力になりました。神様が与えてくださったいのちは、こうして次の葉を育てる力になったというのです。シカモア(イチジク桑)の木からもこの数ヶ月の間に、その人生の旅路の中でイエス様に出会い、信仰の旅をこの教会で送られた兄弟たちが、神様のみもとに帰っていかれました。しかしその魂は、その信仰は今もこの教会の中に、引き継がれています。キリスト教は元々ヘブライ人という人たちから世界中に広がった宗教です。ヘブライ人の元の意味は「旅人たち」です。私たちはこの世で、それぞれの人生の旅人です。教会とは誰でも歓迎し、助け合い、倒れるときに、私たちを背負ってくださる神様を信じ、目的地を彼方に見据えて、共に旅を続けていく群れです。また新しい旅が今年も始まります。
2006年1月報より
クリスマス ーそれは人となった神の愛ー
クリスマスとは神様の大きな愛、それゆえに一人子イエスをこの世に遣わし、神が人としてこの世に生まれた、神が人となった日です。人が神様になることは、結構あります。現人神として、王様や戦争の豪傑が君臨する恐怖の時代もありました。イエス様の時代も、ローマ皇帝が神として君臨してました。しかし逆のことを言えば、神様がただ絶対的な方で無限のかなたにいるなら、あまりにも私たちの日常とはかけ離れた存在になってしまいます。聖書には「神は愛である」とあります。イエス様の人としての生涯を思うときに、「神は愛」とは、イエス様が貧しい人、また病気の人、ようするに誰も近づかなかった人たちのところに出向いていって、友となられたという具体的なことです。それはイエス様ご自身が、上下関係なく友となり、倒れた人をもう一度立ち上がらせた愛であったでしょう。ルカによる福音書2章の降誕物語にもあるように、ヨセフとマリアは住民登録のためにナザレから、ベツレヘムというダビデの町に上っていっていました。強大な国の力の前に、子どもが生まれそうな時ですから長旅など危険極まりないときに、彼らはそれに従うしかありませんでした。そして彼らの子は周りから「結婚をする前に生まれようとする子」と見られていました。それは当時の価値観からして存在を認められない、生まれながらにしてその存在を否定された子としてイエス様はお生まれになったのです。そして生まれた場所は、汚い馬小屋の餌箱の中、当時同じく忌み嫌われていた羊飼いが招かれた(もしくは彼らしか逆に気がつかなかったような貧しい姿でお生まれになった)のです。イエス様ご自身生まれながらにして、周囲から自分の存在否定され、そのことによる父と母の苦しみの中で成長された方でした。イエス様ご自身が痛まれた方でした。それは「人となった神」の現実でした。人の関心の及ばない片隅に植えられたイエス様という希望の誕生日に、今神はすべての人を招いてくださいました。クリスマスは、人となった神が私たちの涙の傍らにいてくださる、その約束を記念する日です。