Sycamore Congregational Church - nichigobuー seisho
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聖書の言葉
森田喜基 日語部牧師

2007年2月報より

 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。新約聖書コリントの信徒への手紙一 / 12章 22−27節
 「こころをひとつに」「祈りをひとつにあわせる」ということの大切さが聖書には記されています。歴史の中でキリスト教は分裂を繰り返し、色々な教派に分かれてきました。シカモア教会が属しているアメリカ合同教会は今から丁度50年前に改革派教会、福音教会と組合教会(会衆派)が分かれてきたキリスト教の歴史を、もう一度同じイエス様を信じる教会として一つとなっていきましょう、という願いを持って合同いたしました。シカモア教会も100年以上も前に日本人のための教会としてこの地に立てられ、その後時代の中で日語部、英語部の礼拝が持たれ、11年前には幼稚園が設立され、今では色んな働きを持っています。シカモア教会では、それぞれの働きの重なったところが教会だという教会論を持って牧会にあたり、祈りを一つにすることを大切にしてきました。そしてその神学は今日のシカモア教会に引き継がれています。
 もう一方でキリストにあって多様性を互いに認め合うということも大切な聖書のメッセージです。人一人にも、またそれぞれの教会にも、それぞれ違った賜物(神様からの贈り物)があり、そして人生の旅の中で違ったストーリーを歩んできます。多様性を認めるというのは、みんなばらばらに孤独に存在すること容認することではありません。違いを認めつつ、共に歩むということです。共に歩むことは、ばらばらであること、すなわち孤独よりもずっと素晴らしい事です。使徒パウロは「ひとつにすること」と「多様性を認めあう」ことについてシンプルで、はっきりと今日の私たちに、教会に指針を与えてくれています。そして多様な中で、他から見て「弱い」と思われる部分がかえって、大切だと言うことを体を譬えに伝えています。
 話は少し変わりますが、」私の友人で歯科医をされている方がいます。その方が以前「お年を召す前に歯が抜けて、入れ歯になることは、実はとてもいいことです。老人ホームなどに往診に行って、歯が痛むおじいちゃんを治療しようにも、口を開ける筋力が衰えている場合はとても治療が困難になります。だから歯はある程度の歳で抜けるのはごく自然なことです。」というようなことを、おっしゃっておられました。この世界では、生産性や機能性、スピードというものが重視されます。また健康であるということも重視されます。もちろん健康であることはすばらしいことです。しかし一般論としてそうでないことも、別の視点から見ればとても大切な意味があったりするのです。多様な中にあって、「不必要」と思われがちな、弱さにも、また弱さこそ、必要であるのです。教会においても、家族においても、そして一人の人間においても、すべてを益としてくださる神がおられます。どんなに状況が悪くなろうとも、そこに恵みが増し加えられるということに気付かされます。どのような不正に満ちた迫害や艱難を受けるときも、現実の問題の中で苦悩する時も、それによって逆に隣人の真の愛に気付かされたりと、そこに恵みを共に加えてくださる神がおられます。弱さを恵みとしてくださる神を信じて、いかなるときにも希望と喜びをもって歩んでいきましょう。


2007年3月報より
諦める人を「見つけて」→「もう一度と押出し」→「共に歩もう」と招くイエス

イエスはシモンに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。
新約聖書ルカによる福音書5章

「スンバらしき主イエスの愛は、広く、深い!!スンバらしき主イエスの愛をたたえて歌いましょ!!」というキャンプソングを幼少の折によく歌ったことを思い出します。聖書の漁師たちを弟子にする物語でイエス様が「沖に漕ぎ出して網を下ろし、漁をしなさい。」とあります。英語の聖書ではこの一節に「DEEP」という単語が入っています。「深く、そして広くもう一度漁をしてみなさい」と言うのです。そしてシモンたちはもう一度広い湖に出て行き、深く網をいれ、そして結果として魚は大量に獲れたというのです。
人にとって生きるために大切なもの、大切な意味というものは、「狭く、また浅い」ところでは計りしれないことが多いものです。表面的には何もなく、目先にも何の意味もなかったりすることにでも、「広く、深い」ところに実は求めているものや大切な意味があった、ということを人は毎日の積み重ねの中で経験することがあります。シモンたちはもう夜通し漁をして、魚を求めたけれど何も取れていませんでしたが、イエスはもう一度諦めずに深いところを探してみなさいと言われるのです。
人が問題を抱えて歩まざるをえない時、それの問題が一瞬で解決する事もありますが、多くの場合その問題を抱えたまま日々を歩まざるを得ません。その苦しみや問題を長く抱えたままいるほど、私などはもう解決はないのかと諦めてしまいます。それは正に弟子たちが今日は何もとれなかったと諦めていたように。しかしそれでもイエスは「狭いところ、浅いところばかり見ていないで、もう一度広い湖を見渡し、そして深く網を下ろしてみなさい」とおっしゃいます。イエスは諦める人を「見つけて」、「もう一度と押出して」、そしてより深いところにある希望をともに見出し、そして「これから私に従いなさい、共に歩もう」と招いてくださるのです。そこから神と共にある歩みが始まるのです。
主に、見出され、励まされ、そして共にある歩みに招かれる、主に見いだされた喜びを持って、弟子たちはそれからの人生を歩んだのでした。諦め、悩むとき、共にある主の関与を忘れてしまうものですが、そのようなときにこそ、見いだして、希望への歩みへと押し出そうとしてくださる主の招きを思い出したいものです。


2007年5月報より
 諦めそして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。
ルカによる福音書24章1−6節

 イースター合同礼拝ではシャロン牧師とともに、イエス様の復活の喜びのお話をしました。イエス様に従っていた婦人たちは、イエス様の葬りのために香油を持ってお墓に行きました。しかしお墓はからっぽだったというのです。イエス様の体はもうどこにもありません。でも天の使いは「イエス様は生きておられる!!」というのです。ではどこにいるのでしょう。合同礼拝では皆さんに「イエス様はどこにいるのでしょうか?」と質問をしました。そしていろんな写真を一緒に見ました。木々の生い茂った森の風景に可愛いリスの写真、楽しかったバイブルディキャンプの写真もありましたね。それから暗く悲しい写真もありました、刑務所の写真や、戦争で傷ついた子どもたちが入院している病院の写真。 そして皆さんは答えてくださいましたね。楽しいときにも悲しいときにも、イエス様は私たちと一緒にいてくださる、体はなくてもイエス様の愛がそこにあると。シカモア教会でいつも歌う子ども讃美歌「どんなときでも」は「どんなときでも、幸せを望み、くじけてはならない。イエス様の、イエス様の愛があるから」という歌詞です。イースターはイエス様の「復活」=「イエス様は今も語りかけている」が嬉しいときです。その喜びが、楽しいときも悲しいときも私たちの人生の杖となりますようにお祈りします。


2007年6月報より
「シカモア初代牧師は放蕩息子!?」    

 5月27日でシカモア教会は創立103年を迎えました。1904年、当時多くの日本人がハワイ、そしてアメリカ西海岸に移住していましたが、そのことに対する、また日本人に対するアメリカ社会の反応は非常に拒否的でありました。そこで数人の留学生がこのベイエリアに日本語の教会を建てようと、ハワイのヌアヌ教会より招いたのが、初代オークランド独立教会(現在のシカモア)牧師・大久保真次郎でした。どんな牧師さんだったんだろうかと思いきや、彼の人生はとても興味深いです。熊本藩立医学校を経て、1874年東京医学校(現在の東京大医学部)に進むも、卒業まじかにして中退し、「魂の医者」を目指して牧師に!?いえいえ、はじめはなんと仏教界に転じ、東本願寺で仏典の研究に励んだのです。しかし仏教に物足りなさを感じる中で、京都に新しくできた同志社に入学したようです。しかし「天性の煽動家」と言われた彼は、同志社を設立した新島襄とも、キリスト教とも決別し、同志社を退学します。その後、海運業や尾道で旅館業を始めたりしますが、どの事業も失敗に終わります。そうして約10年の時が過ぎ、切羽詰った大久保氏は家族ともども無理心中を図りますが、その時、「大久保の脳髄に激烈に飛来したものがあり」最後の手段として、聖書を読みふけり、「自己の罪を無条件に許す神の恩寵に心ふるわせ、神への献身を誓った」というのです。こうして自らを聖書に出てくる「放蕩息子」(ルカによる福音書15章)に例えて、神の働きに帰ってきたのでした。そして時を経て、シカモア教会を設立し、その当時より「自治・独立運営」を教会の基本として、日本語コミュニティーとしての教会を設立したのでした。大久保先生の生涯主に仕えようと決心した信仰、そしてアメリカで日本語教会を独立運営し、日本語コミュニティーと共に歩んでいこうとされた情熱を、この創立記念日に今一度覚えたいものです。


2007年8月報より
「みんなOhanaってどういうこと??」 

今年のシカモアバイブルディキャンプのテーマは「Ohana(ハワイの言葉で家族)」でした。月曜日から金曜日まで毎日「家族、それはLOVE」、「・・・それはPEACE」,「ありがとう。」と小テーマがつけられ、それに関係する聖書の箇所を元に、劇をしたり、工作をしたりと楽しい学びのときを、たくさんの子どもたちと過ごすことが出来ました。本当に祝福されたときでした。
ご参加くださった皆さん、お手伝いくださった皆さん、本当にありがとうございました。来年も一緒に参加できますことを楽しみにしています。

さて、キャンプ中のある日、一人の男の子が私にこう質問してきました。
「何でみんな家族なの・・・?」
テーマの「家族」はキャンプに参加しているお友達みんなが家族という意味を持って語られました。しかしよくよく考えてみれば、そこで語られる「家族」とはとても抽象的な概念と言えます。「なぜ友達じゃなくて、家族なの?」と聞かれて、どう応えることができるでしょうか。「私たちはキリストの家族なのです。」と子どもたちに語りかけても、それはやはり抽象的なことには変わりありません。自分の家族と同じように、「みんな家族です。」という言葉にリアリティーを持つことは、言葉だけでは難しいでしょう。
イエス様は「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ福音書5章)とおっしゃります。
「隣人を愛しなさい」という言葉は旧約聖書のレビ記に書かれており、当時のユダヤ人にとっては当たり前の道徳観念でした。私たちの日常でもよく聞かれる大切な言葉です。しかしイエス様は、さらに「敵を愛しなさい」と言うのです。ルカによる福音書では「敵を愛し、あなた方を憎むものに親切にしなさい。悪口を言うものに祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい」とも書かれています。「そんなこと出来ないよ!!」と自分の中から聞こえてきそうな難しいことです。この言葉の意味を探っていくと、ここで言われる「隣人」とは当時のユダヤ社会において同じ信仰を持つ「同胞」でした。そして「敵」とは彼らが異端とみなしたユダヤ教の分派や外国人を指すものでした。多くんユダヤ人は外国人を「律法を守っていない者」として差別し手、敵対視していました。「社会」の最小単位である「家族」を大切にし、互いに愛し合うことは大切なことです。しかしイエス様は時として、その「家族」が人々の「愛の輪」にとどまらずに「自分の仲間」と「その他」を分け隔てる垣根となることをご存知でした。当時ユダヤ社会で同胞に対する愛を徹底すればするほど、敵に対する憎しみが強化されていたのでした。今でも世界中で宗教や思想の違いによって、人々が傷つけあっている現状があります。戦争で悲しいことが起きることも、私たちの身近な人間関係において隔てが出来るのも、「仲間」と「仲間でない」人を区別することによって生じるという構造において、違いは実はありません。そうでなく、孤立して垣根を作るのではなく、大切なものを愛するように、その愛を他者とも分かち合うことをイエス様は語られるのです。主の福音によって、私たちの心にある垣根が打ち砕かれ、いろいろな枠組みを超えて「平和を作り出すもの」となることを主は私たちに望んでおられるのです。


2007年9月報より
「祝福」
学生時代に実習で滋賀県にあるキリスト教主義高校で学んでいたことがあります。ある礼拝の最中、何人かの生徒が礼拝中に笑うんです。何と礼拝の最後「祝祷」でクスクスと笑い声が聞こえるのです。教会では礼拝の最後に牧師が祝福を願います。それが「祝祷」です。彼らがなぜ笑ったのか、何が面白か ったのかを聞いてみますと、「あのおっさん、両手上げてたで」と言うんです。「なんか犯人が捕まったときみたいやな」とも言うんです。祝祷の手を上げるポーズが不思議におかしく見えたのでしょう。いつも教会で見ていると当たり前のこのポーズも、新鮮な目で見れば、確かに不思議かもしれません。いや慣れていると気づかなくなっていることでも、新しくこられた方には、教会は不思議がいっぱいかもしれません。この観点はいつも大切 に持っていたいと思わされましたが、彼らが祝祷のことを「犯人が捕まったときみたい」と受け止めたことは、実はある面で祝祷のひとつの理解、委ねるということと通じるのではないでしょうか。
私の祝祷のスタイルは皆さんに向けて手が向いているような、でもうえから何かを拾おうとするような角度です。この型はイエスの母マリヤがイエス様をおなかに宿したときに神には祈ったときのスタイルといわれます。両手を上に広げた形をとっているのが特徴です。これは旧約時代からすでに行われていた祈りの姿勢です。両手をあげた形は、空っぽの杯を象徴します。空っぽの土の器を祝福して満たしてくださいと希求しているの です。
 ところでここで祈られる「祝福」とはいったいどのようなものでしょうか。聖書には祝福を受け、財産を手に入れた人々の物語もなくはありません。しかし祝福を受けた人の多くが、この世の価値観からすれば、必ずしも成功を手にしているのではないのです。創世記でヤコブは祝福を求めて、ヤボクで神と格闘をします が、結果足の関節がはずれ、使徒パウロは体のとがを取り除いてほしいと懸命に祈りましたが、結果恵みは十分であり、弱いところに現れるのだという答えを聞きます。つまり、神から受ける祝福とは、神がその人に臨み、働いてくださるということなのです。私たちの考える成功とはかけ離れたところにある真理や喜びに私たちの 心の目を開かせてくれるものです。パウロのように弱い部分にこそ神の力は働くものであり、高慢な思いが打ち砕かれることも祝福の形の一つである、と聖書は語ります。
 日々の糧を得るために、私たちは懸命に働きます。また明日への希望をつかむために何かを努力していきます。しかし思うようにいかないことなど、毎日おこります。そんなときにこそ、臨んでくださる主の祝福を「手をあげて」ゆだね、切に祈っていきたいと思わされます。


2007年10月報より
夏期神学生を終えて  
吉岡恵生 (夏期伝道神学生、同志社大学神学部4年生)
この度8月10日から9月17日までの約5週間、シカモア教会夏期神学生として良き学びの時が与えられましたことを心より感謝いたします。時が経つのは早いもので、シカモア教会での日々もあっという間に過ぎ去ってしまいました。緊張しながら私がこちらに来た時のことを、昨日のことのように思い出します。また同時にこうした短い期間においても、本当に多くの新しい経験をさせていただき、実りある充実した日々を過ごさせていただいたということを今思い、関わってくださった全ての方々に言い尽くせぬ感謝の気持ちで溢れています。また、将来牧会者となることを目指している私を、こうして夏期神学生として受け入れて下さり、言葉では表現できない程のとても多くの刺激を得ることができました。特にシカモアサッカーキャンプやシカモア教会を始めとする多くの教会での礼拝、教会行事などに参加し、新たな人々と出会うことができたということは、私にとって大きな喜びであり貴重な時となりました。
夏期神学生というのは、学生特有のその長い夏休みを活かし、神学生が初めて教会と真に向き合うことのできる期間であると思います。そうした貴重な時に、私は大きな期待と新たなことにチャレンジする気持ちを持って向き合い、私自身の日常の生活では経験することができない何か、知ることができない何か、得ることができない何かを見つけたいと願っていました。そのような日々を過ごしていく中で、次第に私が抱いていたこの期待やチャレンジ精神といったものが具体化し、私自身の中にそれを実感することができた瞬間があったことを今でも覚えています。一ヶ月間にこれだけ多くの奨励をする機会が与えられたこと。そしてその内容について自ら反省し、また共に礼拝を捧げた方々にアドバイスを頂けたこと。これまで漠然と牧師になることを目指してきた自分自身に、牧師とは何かということを考えさせられる時があったこと。更には、今は答えが分からなくとも何か自分の中で湧き出た自分自身への問いの数々が生まれたことなど、本当に刺激的な瞬間が多くありました。そして今、これほど貴重な経験な中には、私の将来に大きな意味を持つもの、またこれからの道において土台となっていく要素が多くあるだろうということも、私は確信できるようになっていますし、確信できるだけの刺激を得ることができたと信じています。同時にこの一ヶ月間が、私が得たこれらのことだけに限らず、お世話になった諸教会の方々の内にも何かお力になれていればと思います。
このような素晴らしい学びをすることができたこと、またこのような時が与えられましたことを、出会うことができたお一人お一人にもう一度心から感謝したいと思います。本当にありがとうございました。


2007年12月報より
クリスマス・闇の中の光の誕生
11月25日の日語部礼拝は「信徒奨励」礼拝でした。4人の方が礼拝の中で、これまでの人生の中で、どのようにしてキリスト教に出会ったのか、また今聖書からどのような導きを得ているのかをお話くださいました。いずれの方のお話に共通して語られていたことは、イエス様との出会いでした。多くの方がもしかしたらそうであるように、人によってはキリスト教を毛嫌いしたり、避けてこられたそうです。しかし人生には必ずといっていいほど、壁にぶち当たったり、苦難の中におかれることがあります。そんな中でイエス様が様々な形で出会ってくださったことを知らされ、4人の方を通して語られたキリストの福音(よき知らせ)に心打たれた礼拝でした。
 そう、私たちはどんなに闇を避けようとしても、苦難から逃げようとしても、それは突如として襲ってくることがあります。人生の荒波におぼれそうになることがあります。イエス様のお生まれになった時代も、多くの人がそんな思いの中にありました。ローマ帝国にユダヤが支配される中、民衆は戦火におびえ、飢え渇き、尊厳を踏みにじられていました。そんな中、イエス様は誰も見向きをしないような貧しい馬小屋でお生まれになりました。正に人々の貧しさの只中にお生まれになったのです。そしてその馬小屋に星によって招かれたのは、羊飼いたちと3人の博士でした。羊飼いは毎日羊の番をしなければなりません。羊から目を離すことも出来ないので、決められた時間に神殿に行って礼拝することもできませんでしたし、羊は勝手に他人の土地に入っていくので、それを捕まえに行っては、「不法侵入」を繰り返さなければなりませんでした。ですから町の人々からは「汚い罪びと」と思われていたのです。そして博士たちは、学識のある人たちでしたが、彼らは外国人で、「占星術」という異文化に生きている人でした。彼らもまた不当に差別を受けていたのです。そういう人間の悲しみ、孤独の只中に、自らも馬小屋でイエス様はお生まれになられ、彼らの友となり、闇の中にある人々を明るく照らし闇からの解放をもたらしてくださったのです。
 私たちを覆う闇の中で、イエスは光としてお生まれになり、私たちを照らしてくださっています。悲しむものを慰め、希望を与え、新しい歩みを起こしてくださいます。クリスマスはその光が私たち一人一人の与えられたその良き知らせを、今年もまた分かち合い、喜びのうちに新しい一年が始まるときです。皆さんのうえに、闇の中の光イエス様の誕生の喜びが豊にありますようお祈りいたしております。


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